Future Signs 未来の兆し100 特別対談 月面社会 月面社会での思考が、地球にインパクトを与える時代へ

フューチャーセッションズはこれまで、多様な方々と、社会進化につながる新しい価値を共創し続けてきました。会社設立から10年の節目を迎え、芽生えたのは、これまで関わってきた方々が今どんな未来を信じているのか問いかけてみたいという想いでした。「よりよい未来」の解像度を上げ、これから先の10年を描く礎としていくために。共創パートナーのみなさんに話をうかがって見えてきた、「未来の兆し」を共有していきます。

月面社会

Future Sessions

2020年、JAXAを含む3社が幹事として開催している「有人与圧ローバーが拓く月面社会 勉強会」において、月面活動の実現を促進すべく100社以上の企業が集結し、将来の月面社会のビジョンについて対話した。日本の技術力を集結した「チームジャパン」の対話を通し、ステークホルダーの知見を結集しながら2020年代後半、探査車の月面到達を目指している。

面白そうだと
参加したのがきっかけで、
フューチャーセッションズの
アースリング・アドバイザーに

有福

片岡さんとは、記憶に新しいところで言うと、2020年7月に開催した「チームジャパン 2040年月面社会フューチャーセッション」でご一緒させていただいています。片岡さんが我々の会社、フューチャーセッションズのことを知ってくださったのはいつだったのでしょうか?

片岡

2012年にフューチャーセッションズの創業者である野村さんが書かれた『フューチャーセンターをつくろう』を手に取ったのが最初の出会いでした。私はマーケティング会社に出向している時で、自社の課題や問題に取り組むには、自分たちでなんとかしようともがくだけではダメで、ステークホルダーの意見や他の専門家の知見を取り入れていく必要があると考えていた時でした。この本に出会った時、「自分が感じていること、やりたいと思っていることが全部書いてある!」と感動したのを覚えています。2018年、私が東京に転勤したことを機に野村さんにお会いして、数々のセッションに参加することになりました。

有福

片岡さんにお会いして話していたら、フューチャーセッションズ創業後の、苦労している時期だった2012年にお声かけをいただいたプロジェクトが、片岡さん発案のものだったとのちに判明したことを思い出しました。長い間片岡さんには助けてきていただいて、感謝しております。

片岡

私も運命を感じています(笑)!単純に面白そうだな、と思って2018年から参加したセッションの数々は、実に多様な業界の方々と交流する機会でした。そこで得た繋がりは今も活きていますし、本当に多くの学びを得て、刺激を受けました。これは私がよく有福さんに言っていることですが、「体験した感動を他の人に分かち合いたくなる」ので、口コミで参加者が広がっていくのがフューチャーセッションズのセッションの特徴だと思います。

有福

2019年には当社のイノベーション・ファシリテーター講習も受けてくださいました。片岡さんは、セッション参加者と設計者の目線、両方持っていらっしゃる貴重な存在です。フューチャーセッションズのメンバーよりもセッションのことを多面的に捉えているのではと思っています。2021年からはアースリング・アドバイザーとしてフューチャーセッションズの仕事を兼職していただいていますね。

片岡

アースリングとは「地球人」のこと。私は昔から宇宙が好きだったので、日常で悩みがあった時に、地球全体に視点を移してみて考えるようにしていました。宇宙から地球を見た時、国境は目に見えませんし、一人一人の生活が見えるわけでもありません。そういう俯瞰した視点に立ってみると「こんなちっぽけなことで悩んでも仕方ないな」と前向きな気分になれるんです。私たちは日本人であると同時に地球人でもある。そういう「地球人の視点」が課題解決の糸口になることをアースリング・アドバイザーとして伝えられたら、と思っています。

「アースリングを意識した背景にしました」と片岡さん

やりたいことを言い続けていたら、
すべてが夢につながった10年

有福

この10年間で思いもしなかったインパクトのあった出来事について教えてください。

片岡

11年前になってしまいますが、1つ目は東日本大震災です。この時私はマーケティングの会社に出向して、ディレクターとしてミニバンやSUVのプロモーションやCM制作に携わっていました。震災が起こり、それらのCMを放映することもできず、自分の仕事の意義を改めて考えさせられました。復興を願う中で、人と人との繋がりやコミュニケーションの重要さにも気付いて。元々月面車をやりたい、と自動車メーカーに入社したのですが、震災を機に、クルマ以外で人の心を動かすことを目的としたプロジェクトにも関わることになりました。仕事への意識が変わった出来事でしたね。

有福

そのほか、大きなインパクトのあった出来事はありますか?

片岡

はい、2つ目は記憶に新しい新型コロナウイルスの流行です。月面社会実現のために、100社以上の企業が集まった勉強会であるチームジャパンで「2040年の月面社会」に関するセッションを開催しようとしていた時期でしたが、外出自粛でリアルでの開催が難しくなってしまって。外に出られず、人と人との繋がりは通信に頼るしかない状況になって初めて感じたことが、「これって月面にとても近い状況だな」ということ。敢えてフルオンラインで約130名のセッションを行うことで、月面社会を各々が自分ごととして捉えることができるとても良い機会になりました。

有福

2019年には念願の「月面探査車(有人与圧ローバ)」の研究プロジェクトがJAXAと共同で始まりましたね。こうしてみると、この10年間で片岡さんがなさってきた仕事は一見関連性がないように見えて、全てやりたいことに繋がっていたようにも思えます。

片岡

本当にその通りだと思います。どんな仕事をしていても、私の心の中には「月面車をつくるぞ」という気持ちは常にありました。やりたいことを言い続けてきた10年だからこそ、過酷な環境で走るオフロード車の開発で得た経験が月面車開発に活きたり、まちづくりプロジェクトの経験が月面社会を考える際にも役立つなど、全てが夢に繋がってきたのだと思います。

有福

会社でやりたいことを表現し続けることはとても大変なことだと思いますが、だからこそ今があるのだと感じました。

片岡

目の前の仕事にしっかりと向き合った上で、自分の想いを言い続けていれば、誰かが必ず見てくれていると思います。やりたいことを会社の中で仕事にするということはとてつもなく厳しい道のりでしたし、紆余曲折ありましたが、なんとか自分は実現できているのかな。それはとても嬉しいことですね。

コロナ禍でフルリモート開催された月面社会について考えるフューチャーセッション。業種を越えて約130名が参加した

月面という極限環境での思考が、
持続可能な地球環境の実現に役立つ

有福

これからの10年、社会はどのように変化していくでしょうか。

片岡

ロシアとウクライナの戦争が起こって、時代の変化を感じています。これから先、核を用いた戦争が起こらないとは限らない。情勢は刻々と変化しています。また、気候変動についても、豪雨などの自然災害による被害が以前よりも増しています。この先、国土が小さくなったり、人口減少が起こる未来をよりリアルに予想できてしまう時代になりました。人類にとってはますます過酷な環境になっていく10年になると思っています。

有福

ネガティブなインパクトが加速する10年になるかもしれませんね。それらの社会の変化に対して、今後10年、片岡さんが仕事の対象としている宇宙領域や月面社会はどのように関わってくると思われますか。

片岡

今開発中の月面探査車は2020年代後半に月に行くことを目標にしています。そのことが果たす意味のひとつが、「社会の人々が『アースリング』の視点を意識する」ことだと考えています。地球と月が一体の経済圏であることを意識することによって、人類の世界と同時に、視野も広がるのではないかな、と。更に、環境に対する意識にもインパクトがあるだろうと思います。

有福

月面は資源が限られているので、完全な循環型のエネルギーがなくては成り立ちませんよね。

片岡

月面探査車の目的の1つは、月面における水の有無の調査です。現状、月面での資源は太陽光のみ。もし、月面に水があれば、水を太陽エネルギーで分解して、人間に必要な酸素と燃料になる水素を得ることができます。それらの再生可能エネルギーがなければ月では生き延びることができません。この発想は、地球においても非常に重要なことですし、実現していかなければならないことでもあります。月面で磨き上げた再生循環システムを、地球にフィードバックしたいという想いで取り組んでいます。ある意味、月はこれからの地球の未来のための技術をテストするフィールドでもあるんです。

有福

私も以前から環境問題には関心を持っているのですが、10年前、20年前は多少悠長に構えていられた環境問題も、待ったなしの事態になりつつあると感じます。それでも地球の中だけで考えていると、化石燃料もあるし、「まあ、まだ大丈夫でしょう」と甘えた発想がでてきてしまう。月面のようなエクストリームな場所で生き延びなければいけないという思考を、地球にフィードバックするという発想は人類に必要な観点だと、お話を聞いてハッとさせられました。

片岡

一般的に、宇宙業界における「月」は、「火星への中継地点」なんです。地球よりも月から火星に行く方が燃料の消費も少ないので。だから、月面での取り組みが自分たちの地球へフィードバックを生むとか、地球環境をより良くするためのテストフィールドだという意識は業界においてはなかった。この取り組みが、自分たちの地球に返ってくるものなんだということを発信し続けてきたことで、少しずつ業界でもその考えが受け入れられて来ているのを感じると、良い役割が果たせているのかな、と思います。

新たな「アポロ体験」をつくりだし、
次世代へ夢を受け継ぎたい

有福

片岡さんは、入社当初から月面車開発に関わりたいと仕事に取り組まれてきていますが、入社当初と現在でその想いに変化はありますか?

片岡

月面車をつくる目的はガラッと変わりましたね。私が4歳の時、アポロが月に行って、アームストロング船長が月面を歩く姿をテレビで見た時の衝撃は今でも鮮烈な記憶で、その時抱いた月への憧れが月面車に取り組む原点になっています。でも、実際に会社でそれを実現するためには、単にやりたいという想いだけではダメで、そこに社会的意義がなくてはいけません。だから、会社に入ってからは月面車のプロジェクトに取り組むことで世の中にどのような貢献ができるか、とよく考えるようになりました。

有福

2020年代後半に月面車が月に到達した際には、子どもたちにも大きなインパクトを与えるでしょうね。片岡さんが4歳の時に体験した「アポロ体験」が次の世代に受け継がれていくんだと思います。

片岡

月面車のプロジェクトに「The Moon for All〜未来の、世のため、人のため、地球のため〜」というタイトルをつけている通りで、以前は「やりたいことをやる」という意識だったのが、今は世の中における自分の使命を考えるようになりましたね。自分のやりたいことが誰かの笑顔につながったらとても嬉しいし、やっぱり人を笑顔にすることが自分は好きですね。月面車が月に行ったら、アポロの頃よりも映像技術も格段に上がっているし、ますます宇宙を身近に感じることができるようになると思います。

有福

アースリング・アドバイザーとして、フューチャーセッションズだけでなく、社会に対してもアースリングな視点を是非示していってください!

片岡

そんな偉そうなものではないですよ(笑)!社会にインパクトを与えていくことは、やはり自分一人では難しいので。だからセッションを通じて、一緒に実現する仲間をつくることが大切だと思います。こういった対話が会社単位や国単位で行われるようになれば、さらに大きな共創ができるようになると信じています。

有福

この10年は、月面車を実現するだけでなく、次世代へ共創を働きかける動きもでてきそうですね。片岡さんが個人的に、これからの10年でやっていきたいことはありますか?

片岡

今やりたいと思っていること全てを実現するだけでも本当に大変だと思います。でも、最終的に宇宙に旅行ができるようになったら嬉しいですね。映像を通してではなく、自分の目で青い地球を見てみたい。宇宙飛行士の若田さんが、「地球の青にも色々な『青』がある」とおっしゃっていたんです。それを自分の目で確かめたいですね。これは自分の個人的な願いですが、自身の仕事が達成した延長線上にある未来かなと思っています。

有福

最後に、フューチャーセッションズでやっていきたいことについて教えてください。

片岡

チームジャパンで開催した月面社会に関するセッションは100を越える企業が参加してくださり、非常に大きな経験になりました。今度はそのセッションで生まれた妄想像を実際に実現したという前例をつくりたいですね。仕事において、「やりたい」と言ったことは実現してきたと思っているので、セッションの内容も実現するというのが今の目標です。前例をつくることで未来のためにバトンを渡していけたらいいな、と思います。

有福

フューチャーセッションズの一員になっていただき、ご相談ごとが多く恐縮ですが、是非一緒に取り組ませてください。

片岡

とんでもないです。フューチャーセッションズさんとの出会いは運命だと思っているので!一見月面車には関係のないように思われる仕事の数々が、全て必要な出来事だと気づくことができたのは多くの意義のあるセッションに参加できたおかげです。一緒にまだ見たことのない10年をつくっていきたいですね。

編集後記

月面車を作りたいという想いを実現させるために、バックキャスティングで着実に具体化してきた片岡さん。当初の想いに、時代や社会情勢に合わせた実現する意義を掛け合わせ続けているところが、具体化につながるポイントだと感じました。これからますます地球環境は厳しい状況になることが予想されますが、誰もが地球人視点を持ち、限られた資源を融通しあえる社会を共創していくことに、フューチャーセッションズとしても、引き続き注力していきたいと考えています。

(有福)

プロフィール

片岡 史憲(かたおか ふみのり)

自動車メーカー勤務。1989年入社以来エンジニアとしてオフロード車のサスペンション開発や製品企画を担当。2010年マーケティング会社への出向:マーケティングディレクターを経て、2017年末まで新コンセプトプランナー、ロボット開発責任者、オフロード車のプラットフォーム主査→開発主査を歴任。2018年法人向け営業会社への出向:理事として大企業との協業を担当する一方、メーカーでは多部署を兼務しながら、クルマ、ロボット、まちづくり~宇宙まで、仲間づくりと未来をつくることに取り組む。2021年8月よりフューチャーセッションズでの兼職をスタート。

有福 英幸(ありふく ひでゆき)
株式会社フューチャーセッションズ 
代表取締役社長

2012年フューチャーセッションズを創業し、2019年より代表取締役社長に就任。クロスセクターの共創による社会イノベーションの実現に向けて、市民参加型のまちづくりや企業主体のオープンイノベーション、産官学民連携プラットフォームの運営など、多数のプロジェクトを推進。前職の広告会社で培ったブランディングやクリエイティブ、環境問題をテーマにしたメディア運営の知見を活かし、エネルギー、食の観点からのシステムチェンジに注力。関心のあるエネルギー領域の知見を活かし、2020年「チームジャパン 2040年月面社会フューチャーセッション」の企画・運営に携わる。