Future Signs 未来の兆し100 特別対談 循環思考と創造性 「循環思考と創造性で、誰もが自分らしく価値を発揮できる社会をつくりたい」

フューチャーセッションズはこれまで、多様な方々と、社会進化につながる新しい価値を共創し続けてきました。会社設立から10年の節目を迎え、芽生えたのは、これまで関わってきた方々が今どんな未来を信じているのか問いかけてみたいという想いでした。「よりよい未来」の解像度を上げ、これから先の10年を描く礎としていくために。共創パートナーのみなさんに話をうかがって見えてきた、「未来の兆し」を共有していきます。

ハーチ株式会社

Future Sessions

ハーチ株式会社の加藤 佑(かとう ゆう)さんは、社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」の創刊者です。2019年から、サーキュラー観点で商品・サービスを考える「Circular Design Sprint(サーキュラーデザインスプリント)」を共同開発して以来、複数のプロジェクトをご一緒してきました。今回は、メディアを通じてサステナビリティを推進するにあたっての大事な観点や、今後インパクトを出していくために、どうクリエイティブの力を使っていくのか、循環型社会に変えていくためのヒントになるようなお話を伺いました。

活動の原点。
これまでの10年を振り返って

有福

そもそも加藤さんと出会ったのは、2019年コロナの前に「IDEAS FOR GOOD Business Design Lab」の社内合宿にお招きいただき、未来の対話をご一緒したのが最初でした。そこから「Circular Design Sprint(サーキュラーデザインスプリント)」のプログラムを共創したり、顧客プロジェクトをご一緒したり、一気に動きが加速しましたが、あまり以前のことをうかがったことがなかったなぁと。今日は、未来社会を描くお話ができればと思っていますが、まず、10年前から現在の変化についてお聞きしたいと思います。10年前の2012年って何をされてましたか?

加藤

そうですね、2012年は、現在の弊社の役員でもある天野と一緒に別の会社を経営していました。その後、僕は一度その会社を離れて2013年7月に別の会社を立ち上げ、約3年間はCSRやサステナビリティに関する情報発信を行うメディアを運営していました。

有福

では、そのころからすでに、環境問題や、サステナビリティなどに関心があったんですね。

加藤

原点は、自分が小さい頃の経験です。小学校に環境問題にとても熱心な先生がいて、色々な体験をさせてくれました。もともと豊かな自然が残っていた地域のマンション開発が進み、雑木林や川といった子どもたちの遊び場が失われ、環境汚染が迫ってくるなかで、少しでも自然を守ろうとみんなで学校の中庭にビオトープを創ったり、野鳥を呼び戻そうと餌場を設置してバードウォッチングをしたり、いつも魚釣りをしていた川の水質調査をしたりと、自然と環境意識が高まる原体験があったんです。

大学のときは教育に関わるNPO活動などに取り組んだり、ベンチャー企業に携わっていたこともあり、将来は自分たちで社会課題解決型のビジネスをやりたいと思っていました。とはいえ、いきなり起業する自信もなかったので、まずは経営に欠かせない営業力を身につけようと、大学卒業後はリクルートエージェントに入社し、営業として修行していました。

有福

将来やりたいことに向かって、まさにバックキャスティングで行動しているのはすごいですね。

加藤

あまり長期的な思考がなくて、その時々に楽しいと思うことをやっていただけなんです。ハーチは2015年に立ち上げたんですが、当初はサステナビリティがメインのメディア事業ではなかったんですよ。自分はウェブサイト制作ができたこともあって受託の仕事をやっていたり、シェアリングエコノミーに可能性を感じて「MINPAKU.Biz」という民泊のポータルサイト(現在は「Livhub」にリブランディング)を作っていたんです。

有福

ちょっと意外ですね。自分の中で加藤さんはサステナビリティの人って感じだったので。

加藤

確かに一見するとサステナビリティとは関係がないような、民泊物件の収益予測ができる「BnB Insight(現在はサービス終了)」というSaaS事業をやっていたこともありました。ただ、当時からこれはサーキュラーエコノミーにつながるなと思ってやってはいました。例えば、Airbnbのように自宅で旅行者をもてなすというモデルが普及すると、投資家が不動産物件から得られる収益は、物件のハードなスペックや立地に紐づくストックとしての価値よりも、民泊ホストのホスピタリティやきめ細やかなサービスといったソフトやフローの価値に依存するようになるのではないかと考えていたんです。

しかし、不動産や金融市場には、こうした物件のソフトな価値を可視化する仕組みがありませんでした。そこで、もしこのソフトな価値をデータとして可視化することができれば、金融機関がシェアリングエコノミー事業のデューデリジェンスや投融資判断をする際の貴重なデータになると考えていたんです。実際に、ホテルや自治体、金融サービス事業者などから民泊物件の収益予測データを購入いただいていました。

どのような事業にせよ、どのようにすれば世の中が変わるようなソーシャルインパクトを生み出せるかが大事だと思っていて、当時も民泊という市場がめまぐるしく変わる中で、どのように新しい経済や社会のありかたを支える仕組みをつくっていけるかを考えていました。

有福

わかります。私も前職で環境のWebマガジンの編集を行っていましたが、NPOなど良い活動をしている団体はたくさんいるけど、一般には知られていない。そこを広めていきたいと思ってメディアを運営していました。インパクトを出していこうとすると、一見関係ない、他人ごとにとらえている人にどう関わってもらうかは重要ですよね。

自分の場合は、メディアとして情報発信していくという形ではなく、対話によって一人ひとりが気づき、行動していくという変容の方に関心が高まり、フューチャーセッションズの立ち上げにつながっていきましたが。

クリエイティブに
社会問題を伝えていく

加藤

社会課題の現場で取り組む起業家と話すほど、社会課題に対する意識の高さというよりも、ウェブサイトが作れる、デザインができるといった具体的な課題解決スキルを持っている人材を求めていると感じます。一方でビジネスの現場はより社会課題の解決を重視するようになってきている。ここをどうマッチングしていくかが大事で、ただ社会課題の深刻さを伝えるだけではその課題に興味がある人にしか情報を届けられないのですが、デザインやテクノロジーなど具体的なソリューションを切り口として情報発信を行えば、スキルを持った人たちが「自分の力でも社会の役に立てるんだ」と気付き、アクションを起こしてもらえるかもしれない。そんな思いで「IDEAS FOR GOOD」を立ち上げたんです。

有福

IDEAS FOR GOODは、単なる環境問題について訴えかけるメディアではなく、「クリエイティブ」を大事にしている、という印象があります。

加藤

カッコよさや、ワクワクするといったクリエイティブも興味を持ってもらううえで大事ですよね。大学時代に服にのめり込んていたときに、エシカルファッションの元祖と言われることもあるイギリスのキャサリン・ハムネット・ロンドンというブランドに憧れたことがあったんです。当時はエシカルという言葉も知りませんでしたが。最初は服のかっこよさや見た目に惹かれたのですが、調べるうちに、社会的なメッセージやエシカルな思想を伝えるメディアとしてファッションを活用していることを知り、自分も同じように社会問題をかっこよくクリエイティブに伝えていくような仕事ができたら素敵だなと思ったんです。

その後、社会人になって営業やマーケティング、ウェブデザインやサイト開発など色んな仕事をしてきた中で、最終的に人から一番感謝されたのは、編集やライティングなど、文章を書く仕事だったんです。メディアを運営しているときに、自分が書いた文章を読み、その文章を書いた人に会いたいと実際に会いに来てくれた人がいて。だから、僕の場合は「書く」ことを通じて社会をもっとよくする事業をつくろうと決めました。

このように、一人一人が自分の好きなことやクリエイティビティを活かして、世の中にインパクトのあることをやる。それがIDEAS FOR GOODやハーチの根本にあります。

これからの未来に向けて
情報ができること

有福

ここまで、過去から現在を振り返ってきましたが、これから先の10年でメディアは、どうなっていくと思いますか?

加藤

まず、人々がコンテンツをどのような形で消費するかが大きく変わっていくと思っています。最近ではWeb3という言葉も出てきていますが、Web1、Web2、Web3はしばらく並列する形で進んでいくのではないでしょうか。ユーザーはVRでコンテンツに触れるかもしれないし、今まで通りスマホやパソコンで見るかもしれない。同じコンテンツでも消費されるデバイスが違えば最適なフォーマットも変わってくるし、それに伴いメディアのビジネスモデルも変わっていくと思います。

現在のハーチの事業は、読者がこちらの提供するサイト上の記事を読むだけというWeb1の仕組みがメインで、SNSをはじめとするWeb2はあくまでその補完という位置付けです。収益も多くが原始的な広告です。しかし、このモデルはもうあと5年も持たないかもしれないなと思っていて、現在はポッドキャストや動画、リアルな体験などテキストと画像以外のコンテンツ提供、広告以外のサブスクリプションモデルも試しています。今後はブロックチェーンを活用した記事単位のブラウザ上課金や投げ銭といったマイクロペイメントなど新しい収益の形が出てくると思いますので、それらの変化に対応していく必要があるなと思っています。

有福

コンテンツ提供の選択肢が増えるとともにビジネスモデル、課金の仕方も大きく変わりそうですね。一方で変わらないものもあるんでしょうか?

加藤

よいコンテンツを作れる人や企業に対するニーズは変わらないと思っています。コンテンツの配信方法や受け取る端末は変わったとしても、優れたコンテンツそのものに対するニーズはなくなりませんから。だからこそ、一人一人が持っているクリエイティビティは大事だと思っており、何かをクリエイトすることができる人や企業は最後まで生き残っていくのではないでしょうか。

有福

クリエイトするという観点で言えば、AIなどを活用して、記事を自動生成で作成するなども可能で、ドンドン精度が高くなっている部分は気になるところです。

加藤

ハーチでも、AIという観点では既にニュースの記事ネタ収集などで多大な恩恵を受けています。世界中のニュースから自分たちの欲しい情報を手元に仕入れるためのキュレーション精度と速度はAIのおかげで大きく高まっていますね。でも、AI倫理というか、結局AIにどのようなデータをインプットするかは人が決めているので、そこに人間らしさが出てくると思っています。自分たちがどういう世界を作りたいか、人間の妄想が反映されるというか。

有福

技術が進歩しても、人間の本質、欲求は変わらないのかもしれないですね。

加藤

Web3もどんどん進化していくと思うのですが、現時点で全員がメタバース上で日常を過ごしたいわけではないですし、そうある必要もないなと思っています。最先端のテクノロジーの進化スピードは常にとても速いですが、みんなが一気に変わるというわけではありません。Web1の世界もこの10年であまり変わっていないし、今後もある程度は併存していくと思うんですね。

僕も含めてメタバースが持つ可能性に多くの人が惹かれていますが、それは現状の現実世界の経済や社会システムに対する不満があり、今よりももっとよい世界を自分たちの手で作りたいという人々の欲求があるからだと思います。もちろん、そうしたよりよい世界のあり方の探求もとても大事ですし、一方で、今のリアルな現実世界にもバーチャルにはない素晴らしい部分がたくさんあるわけで、いますでにあるこの世界の価値に目を向けることも同じぐらい重要です。リアルとバーチャルが相互に補完し合うような世界が素敵だなと思っています。

有福

まさに同感です。「現実がダメだから、違う世界に行こう!」というのではなく、今あるものの良さを認めたうえで、満たされなかった部分を補完するのが、健全な向き合い方ですね。でも、リアル、バーチャルの区分けに関係なく、すでに情報にあふれていて、今後ますます加速度的に情報が増えていく中、どう向き合っていくのか難しいなと感じてます。

加藤

確かに情報は以前よりも溢れていると感じますが、グラデーションは結構あると思っています。例えば有福さんは、自分の持っている知識や情報のうち、コンテンツとしてデジタル上に流通させている情報ってどれくらいありますか?

有福

面白い問いですね。あまり考えたことがなかったけど、体感的には1割くらいかな?

加藤

その感覚は僕も近くて、みんなも自分が持っている大切な情報のうち、SNSにアップするなどしてデジタル上に流通させているのは1割くらいだと思うんです。残りの9割はデジタル化せず、口に出しては消えていく日々の会話や、頭の中だけで流通させている。そもそも言語化できていない情報もありますよね。デジタル上の情報は爆発的に増えているのですが、まだデジタル上に可視化されておらず、今後も決してされないであろう残り9割の情報を無視することもできないと思うんです。むしろ、リアルな対話や交流、体験を通じてしか得られないそれらの情報がより大事になるというか。

デジタル上に可視化されている情報だけをデータとして収集し、活用することで必ずしも正しい意思決定ができるわけではないということも認識する必要がありますよね。言語化、可視化できない身体性を伴った情報も大事ですし、ビッグデータとして取り扱える情報は決して人々が考えていることや感じていることの全てではないことを理解して、「データに基づいた意思決定だから正しい」「データが無いと決められない」といった事態が起こらないように気をつけないといけないと思うんです。

有福

とはいえ、メディアとして運営している加藤さんの仕事にも意味はあるわけで。

加藤

情報を伝えるという意味では、ウェブマガジンやその中心にある文字というメディアがどこまで「リアル」を伝えられるのかについては、常に限界を感じていますね。私たちはよく海外企業の取材もするのですが、相手の使う ”I(アイ)”という英単語ですら、「私」と訳すか「僕」と訳すか「俺」と訳すかで、メディアとして全く違う印象を読者に伝えることになるわけです。あくまでウェブはリアルな情報にたどり着くためのきっかけを担うことができれば十分なのかなと思っていて、いまは逆に体験や空間といった身体性を伴うコンテンツの開発を進めているところです。Experience for Goodというツアー体験や、IDEAS FOR GOOD Museumといった展示事業などです。

アートとサステナビリティが
融合する未来

有福

その謙虚さは、とても重要ですね。メディアや情報、コミュニケーションの未来の解像度が高まりましたが、加藤さんが、個人的に思い描く10年後の未来で、どんなことをやっていたいですか?

加藤

実は、芸術や文化的な営みに関心があって。アートには本質を捉えたり、考えさせたりする力があるなと思っており、今後ますます重要になるなと感じているんです。

有福

いきなり大きな方向転換!アーティストになってるんですか?

加藤

アーティストかどうかわかりませんが(笑)。サステナビリティって、結局のところ何が問題なのかを突き詰めていくと科学的なアプローチではどうしても結論が出せず、最後は哲学や文化、宗教といった領域にたどり着くというか、やればやるほど分からないことが増えてくる世界だと感じていまして。

答えがない世界では、問題解決としてのデザインというよりも、みんなが思わず解きたくなるような問題提起や、物事の見方がガラっと変わるようなクエスチョニングをする力のほうが大事になってくる気がするんです。どんな活動も世代をまたいだ長期的な視点で見たときに本当に社会をよくしているか、誰も本当のところは分からない。逆に言えば、目には見えない大きなつながりの中で、どんな活動も社会をよい方向へと変えているし、その逆に悪影響にも加担していると思うのです。

有福

環境問題なども、私が10年前にメディアを運営していたときから、科学的にわかることも増えてきていて、解像度が上がってきたなと思う部分もあれば、結局は解決していなくて、今、良かれと思ってる解決策や活動が、実は、未来の問題になってるのではないかと感じています。

加藤

そうなんです。一つの解決策が新たな問題を作り出し、またその解決策を考えるということの繰り返しです。そもそも絶対的にこれが問題というものは存在しなくて、それは時代や文化、価値観、環境、テクノロジーの進化などによって移り変わっていく。そうなると、究極的に信じられるのは、誰かから「これは問題だ」と言われたことよりも、「自分はこういうことをやりたい、こういう世界をつくりたい」という一人一人の思いやそれを投影した自己表現にたどり着くのかなと思っていて。

有福

私自身は、対話によって、現在の課題を乗り越えていきたいと思っていますが、加藤さんのいう「アート」という考え方の根底にある部分に共通点があって、共感できるところが多いです。

加藤

気候変動についても、それが実際に起こっていること、そしてその要因が人間にあることは科学的に疑う余地がないわけですが、それではCO2排出の削減目標を各国や都市にどう割り振るかという議論となると、単純に人口で割合を決めるという考え方もあれば、現在の排出量をベースに決めるという考え方、現在ではなく過去全ての排出量も考慮すべきという考え方、気候変動への対処能力など経済的な豊かさも考慮すべきという考え方など色々な視点があり、とたんに科学では答えが出せなくなります。だからこそ対話が必要になりますし、気候変動問題とは一体何の問題なのか、環境問題なのか、社会問題なのか、それとも経済問題なのかなど、答えのない問いを一人一人が丁寧に考えていく必要があると思うのです。

有福

1つの事象を多面的に捉えるために対話が大事ですし、また時間軸で捉え直すことも、とても大事だと思っています。例えば、原発だって昔は夢のテクノロジーとしてもてはやしていたけど、今は賛否両論あるものになっていて。時代時代で良し悪しが変わることって多いですよね。今の価値観で簡単に賛成・反対と決めつけてしまうのは難しいのではないかと思ってしまいます。

加藤

それぞれが自分の理想を追求すれば、いずれどこかで自分の理想は誰かの理想とぶつかります。その際に、自分は正しくて相手は間違っている、もしくは相手が正しくて自分は間違っているという二項対立的な「A or B」の考えではなく、自分も相手も正しい、自分も相手も間違っているという「A and B」の考えができる人が増えるとよいなと思っています。論理的には成り立たないのですが、現実はその矛盾を超えた先にあると思うので。有福さんのやられている対話とは、その技術のことではないでしょうか。

有福

まさに「正反合」です。ソーシャルイノベーションは、対立を超えた新機軸を生み出すことによって起こると思っています。

加藤

IDEAS FOR GOODでも、何がGOODなのかを記事を読んでくださった方が自分の頭で考えることを重視して情報発信しています。「僕たちはこれをGOODだと思ったんだけど、みんなはどう思いますか?」と問いかける感じです。絶対的なGOODなんてないと思うので。一人ひとりが自分がいいと思うものを素直に表現できる世界が、よい社会だと思っています。

サーキュラー・エコノミーを
推進するキードライバー

有福

とても共感する未来像ですが、その未来の実現に向けてやってみたいことってありますか?

加藤

アートプロジェクトをプライベートで取り組み始めています。少しづつ自分なりのアウトプットを作っており、これから数年間で何かが変わってくるかもしれないです。それこそサーキュラーエコノミーにもつながってくると思っています。

NFTとの相性の良さに見られるように、アートの価値はその固有性にあって、Who(誰が作ったか)によって価値が決まる世界だと思うのですが、そのエッセンスはサーキュラーエコノミーにつながっている気がして。例えば、ビル・ゲイツが使っていたパソコンを回収し、数万点のパーツに分解して、そのパーツを一部組み込んだ新たなパソコンを作れば、全く同じ製品だったとしても、ビル・ゲイツファンにとっては喉から手が出るほど欲しいパソコンを多く供給することができます。

見た目は全く同じただのパソコンでも、「ビル・ゲイツが使っていたEnterのキーボードが使われている」という情報がそこにあり、それがブロックチェーンなどで証明されていれば、とたんにマスプロダクトが一つだけの固有名詞となるわけです。ファンは高値で買うかもしれないし、手にした人も大切に使うかもしれません。生産側としては、パソコン自体は同じ型でよいわけですから、効率的な生産を維持しながら情報により付加価値を高めることができ、より資源生産性の高い循環型の事業ができるようになります。

有福

ブロックチェーンなどでマテリアルのトレーサビリティを高めることで、コモディティをアート化して付加価値を高めるということですね。

加藤

その通りです。情報さえあれば、効率を否定することなく付加価値を高められるというところがポイントです。分かりやすくビル・ゲイツを例に出しましたが、著名人ではなくても、家族や友達が使っていたもの、生まれ育った地域のものなど、集合知ではなく共有知の中で価値が共有できるストーリーがあれば、時間や空間を超えて製品の固有性を高めることができるんです。これって突き詰めると、機能ではなく意味が価値の全てを占めているアートに近づいていくなと。

有福

まさに、Whoによって価値が決まる世界ですが、一個人としては、ますます魅力ある人になっていかないと、創造性のない個人だと生きづらい社会になりそうですね。

加藤

そんなことはないと思っていて、本当はみんなが等しく価値があって、いろいろと社会にも貢献しているはずだけど、分かりやすく可視化できる指標だけでモノや人を評価してしまっているのが問題なのかなと。多面的な軸で社会に対する貢献が可視化されれば、人はみんなそれぞれ違った価値があるということをお互いがもっと分かるのではないかなと思うんです。文化も、比較はできても序列はないように、僕たち人間も本来はそういう存在ですよね。

有福

個人もですが、地域も1つの価値観で切り取ってしまうのではなく、また時間軸も「今」だけでなく、もっと流れも含めて見ていく必要がありますね。そもそも、このような複雑な時代において、大量生産・大量消費、経済成長を良しとした価値観だけで行動していていいのかという疑問もあります。

加藤

これまでの経済は、市場のニーズをどんどんと細分化していくことで新たな需要を作り上げてきたと思います。例えば、昔は石鹸1つで頭も顔も身体も洗えていたのに、人間はシャンプーやトリートメント、洗顔、ボディソープと細かく分けることによって新たな市場を作り出してきました。同じように、テレビも洗濯機も昔は一家に一台でよかったのが、家族が分断されて単身世帯が増えれば一人一台必要になっていくわけで、いまの経済システムというのは、色々なものを分断することで拡大してきたという性質があると思うんです。生産と消費も、切り離せば離すほど消費者は作り方が分からなくなり、買うしか選択肢がなくなりますよね。細胞分裂のように、いろんなものを分けて行く、切り離していく、というのは、拡大を必要とするシステムに欠かせないメカニズムだと思うんですね。

でも、これからは無理やり分断をつくり出してマーケットを作り、価値を演出していくという時代ではなく、むしろ分断されてしまったものをつなぎ直していく、インテグレートしていく時代だと思っています。

有福

インテグレートは共感です!よくビジネスだとイノベーションは「0→1」といって、0から1を生み出すという言い方をします。これってとてもおこがましいことだと感じていて、本当に無から何かを生み出せるのか?もはや無数にあるもののなかから、集約することしかできないのではないかと思ってます。言うなれば「1000→1」のような。

加藤

まさにですね。これから求められるクリエイティビティは、ゼロから何かを生み出すというよりも、すでにそこにあるものから、その良さを引き出す「編集」の力だと思っています。限られた資源のなかからどのように価値を生み出し、循環させていくのか。新しく何かを作るというより、いかにいま目の前にあるモノから違う価値を引き出すか、というイメージです。紙コップを一度水を飲んだだけで捨ててしまえば使い捨てカップですが、その後にペン立てとして使えば、使い捨てにはなりません。そんなふうに、価値はつくるものではなく引き出すもの、という感じでみんなの考え方をアップデートしていくと、紙コップとペン立てという別の商品がインテグレートされていくんですね。これがサーキュラーエコノミー時代の考え方かなと。

有福

考え方のアップデートという意味では、循環って製品だけでなく、そもそも自分たちの身体さえも借り物で、最後は土と空気、水になっていく。自然の一部ですよね。

加藤

本当にその通りですよね。もし僕たちが自分の身体を「所有」しているのであれば、もっと思い通りに管理できるはず。それなのに、太ってしまったり、病気になってしまったり、思い通りにはいきません。つまり、僕たちは実のところ自分の身体すらも所有できておらず、自然からの借り物なんですね。こうした感覚を循環思考と呼びたいのですが。人間と自然とが一体だという考え方は、日本人は得意かもしれません。僕たちは大きな自然のつながりの中で生かされ、生かしあっており、炭素も植物、動物、大気などをぐるぐる循環しているだけ。元素の循環に目を向ければ、とたんに人間とそれ以外の境目は曖昧に思えてきます。実態はそうなんですが、こうした循環は目に見えないので、感じにくい。例えば自分で食べ物をコンポストし、その堆肥で野菜を育ててまた口にしてみるなど、循環を頭ではなく身体で感じる体験や知性が大事なのかもしれません。

有福

このあたりの個人で感じる部分や思想的なところと、ビジネスの人たちが事業として推進している部分が分断しないように、まさにインテグレートしていきたいですね。

加藤

循環の思想をテクノロジーに置き換えたり、ビジネスでも受け入れてもらえる文脈にした「循環思考」としてぜひ具体化したいですね!

編集後記

10年前と現在では、環境問題に対する企業の姿勢が大きく変わったと感じています。サステナビリティという言葉も一般用語化しつつありますが、単なるはやり言葉に終わらないよう、本質的な行動につながるよう、対話の場を創り続けることが大事だと改めて実感しました。第一線でメディアを通じて社会とコミュニケーションしているからこその加藤さんの視点と、共創によって対立を超えるファシリテーションをかけ合わせた、新たな価値を今後も提供していきたいと考えています。最後に盛り上がった、次の時代を作り出す思考のアップデートとなる「循環思考」は、一緒に具体化していきたいと思います。

(有福)

プロフィール

加藤 佑(かとう ゆう)
ハーチ株式会社 
代表取締役

2015年にハーチ株式会社を創業。社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」、サーキュラーエコノミー専門メディア「Circular Economy Hub」、横浜のサーキュラーエコノミープラットフォーム「Circular Yokohama」など、サステナビリティ領域のデジタルメディアを運営するほか、企業・自治体・教育機関との連携によりサステナビリティ・サーキュラーエコノミー推進に従事。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー。東京大学教育学部卒。

有福 英幸(ありふく ひでゆき)
株式会社フューチャーセッションズ 
代表取締役社長

2012年フューチャーセッションズを創業し、2019年より代表取締役社長に就任。クロスセクターの共創による社会イノベーションの実現に向けて、市民参加型のまちづくりや企業主体のオープンイノベーション、産官学民連携プラットフォームの運営など、多数のプロジェクトを推進。前職の広告会社で培ったブランディングやクリエイティブ、環境問題をテーマにしたメディア運営の知見を活かし、エネルギー、食の観点からのシステムチェンジに注力。