Future Signs 未来の兆し100 特別対談 誰もが関わりたくなる問い みんなが解きたくなるような問いが未来を描く

フューチャーセッションズはこれまで、多様な方々と、社会進化につながる新しい価値を共創し続けてきました。会社設立から10年の節目を迎え、芽生えたのは、これまで関わってきた方々が今どんな未来を信じているのか問いかけてみたいという想いでした。「よりよい未来」の解像度を上げ、これから先の10年を描く礎としていくために。共創パートナーのみなさんに話をうかがって見えてきた、「未来の兆し」を共有していきます。

株式会社小国士朗事務所

Future Sessions

NHKでドキュメンタリー番組の制作に携わった後、認知症の状態にある人がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」や、みんなの力でがんを治せる病気にしようという「deleteC」など、様々なプロジェクトを手がける小国士朗さん。誰もが思わず関わりたくなるようなコンセプトをつくって同じ目線で未来を描いていくという方法で、これまでにない価値を世の中に投げかけ続けている。

誰もが主体者として
アイデアを考えられる人になる

上井

小国さんと初めてお会いしたのは、2018年8月、Jリーグ社会連携プロジェクトで全参加クラブの担当者が集まった会合にゲストで来られた時でした。5月にプロジェクトが立ち上がったばかりで、これから社会連携を進めていくぞという時で、小国さんがやられている「この指とまれ」や「注文をまちがえる料理店」のプロジェクトの話をお聞きして、感動したのを覚えています。

小国

上井さんと出会って最初の頃に、「僕は、ファシリテーションを信用していない」ということを言ったと思います。今思えばめちゃくちゃ失礼なことを言っているのですが(笑)でも、みんなで仲良くなって未来を描くのは気持ちいいだろうけれど、その先にアイデアが無いことにはなにも進まないのではないかと感じていました。これって意味あるの?というのが正直なところで。

上井

そういう見方をされていたとは知りませんでした。

小国

そんな僕のうがった見方が完全にひっくり返ったのが、2018年11月のレノファ山口でのセッションだったんです。最初のインプットで、当時の霜田監督やレノファ山口との関わりによって脳腫瘍から復帰された方の話があって、その流れの中で僕も話をさせてもらいました。
あの時は、「LOVE&CRAZY!」というスローガンの話をしました。社会にとっていいことをするにはもちろん最初にLOVEが必要なんだけれど、LOVEだけでは人は巻き込めない。そこには理屈を超えたある種の熱狂、つまりCRAZYが大事なんだと。このLOVEから始まってCRAZYという順番が大事で、それが人を惹きつけるということを話したんですよね

上井

あの時のインプットは、たしかにどれも良質で豊かだったのを覚えています。僕自身も小国さんのインプットを聞いて熱狂したし、参加者の人たちにも小国さんの考えが浸透したのを感じました。

小国

インプットの後、レノファ山口を使おう!というこれからの未来を考える場で、参加者の人たちがいきいきと話し始めたのには驚きました。民間企業、行政の人もいれば、地元のおじさんやおばさんたちもいる。様々なステークホルダーの人たちが模造紙に書いたアイデアがどれも面白くて、「スタジアムが移動する」「スタジアムが海に浮かぶ」など、見ていて心底ワクワクしたし、衝撃を受けました。
そこで、フューチャーセッションズがやっていることは、ファシリテーションによって一人ひとりが主体者としてアイデアを考えられる人になっていく、ということだとわかったんです。それまでは誰でもアイデアを考え付けるようになるなんてあるわけないと思っていましたが、それは決して特別な才能ではないんだという大きな気付きがありました。

山口県萩市の松陰神社で行ったレノファ山口のセッションの様子

みんなが考えたくなる
コンセプトと
マインドをゼロから
醸成していく土づくり

上井

小国さんの「この指とまれ」には、みんなが飛びつきたくなる、動きたくなるようなコンセプトがあります。それは、フューチャーセッションズで言うところの「問いの転換」で、みんなが考えたくなるような問いにして、対話や共創という手段を使って広げていきます。目指している世界観にシナジーを感じるところがありますが、どうでしょうか。

小国

親和性を感じるポイントは2つあります。ひとつはコンセプトのとらえ方。僕の言い方で言うとそれは「みんなが止まりたくなるこの指をつくりましょう」ということになりますし、フューチャーセッションズで言えば問いということですよね。いずれにせよ、僕も上井さんたちも、解きたくなるような問い、思わずとまりたくなるような指があるプロジェクトは自然と広がっていくと考えている。
例えば「注文をまちがえる料理店」では、「間違えちゃったけど、まあ、いいか」という指を立てました。これが、「認知症の人がキラキラ輝く社会を作りましょう」だと、とまれる人は途端に減ってしまいます。指が立った後に仲間を集めて、一緒の目線で未来を描いていく、というやり方で広めていきます。

もうひとつは土づくりです。農業で一番大切なのが土で、どれだけいい土を作れるかでその後の農作物の育ち方は変わってきますよね。フューチャーセッションズがやっていることはまさに土づくりだと思います。組織やチームに入って時間をかけて対話をし、マインドをゼロから一緒に作って醸成していく。
僕には、企画という種をつくる力があっても、それを芽吹かせるチームや組織のメンバーのマインド、つまり土がよくなければ、たくさんのりんごや米といった作物が実ることはありません。一番大事なのは土づくりで、それをフューチャーセッションズはやっているのだと思います。

上井

すごく遠回りかもしれませんが、そうやってしっかりと土づくりをしたチームではアウトプットも違ってきますよね。

小国

「なんのためにこれをやるのか」というWHYの部分について対話を積み重ねていると、チームの視座が上がって視野も広まり、思考が深まるということが起きます。フューチャーセッションズが先に入っているチームでは、土づくりが終わって耕された状態になっているので、どんな種を蒔いても勝手にみんなが育ててくれるんです。

ミッションドリブンな
組織だからこその対話の文化

上井

小国さんがやられているdeleteCのプロジェクトにはしっかりと対話の文化が根付いていると感じます。あれは小国さんが作られたものなのでしょうか。

小国

deleteC は「みんなの力でがんを治せる病気にしよう」というプロジェクトで、Cancerの頭文字のCを商品名から消しましょうというものです。例えば、C.C.レモンのラベルのCの部分に線を引いて消した商品を買ってもらうと、売り上げの一部ががん研究支援金の一部になるという仕組みで、今では100社ぐらいが参加してくれています。
このプロジェクトでは、がんを治せる病気にするという目的はひとつでも、集まってくる人の想いや思想信条、バックグラウンドが違います。参加者には、がんの状態にある方もいれば、がんが治ったサバイバー、身内や親友ががんになった人、がんとは無縁の人もいます。正解が無いし、答えもわからないという時に必要なのが対話だったんです。
どこかに正解があるわけではない時に、対話の中でいろいろな意見がぶつかり合う。そこから少しずつチューニングして、ものすごく狭い、「あ、ここならみんなの想いが重なる!」というたったひとつのポイントを掴んで引き上げるんです。とことん対話を通してみんなが腹落ちしているからきっとそれは正解だし、確信に至れば怖くないからみんなで進もうぜ、ということになります。

上井

対話という切り口でdeleteCの進化を見ていますが、組織のトップである小国さんがこれだけ対話の力を信じていて、かつこれだけ成長してる組織というのは無いし、対話が文化になっていることに衝撃を受けました。

小国

deleteCに対話の文化がなかったら、あっという間に解散していたかもしれない…とすら思っています。NPOの運営が企業と違って難しいなと感じるのは、超ミッションドリブンなところです。企業にはお金もあって対価もある。なんのためにやるかという理由がいろいろとあるけれど、NPOの場合はミッションが一番なんですよね。一番というよりは、それがすべてといってもいいかもしれない。だから、みんなが熱狂している時には勢いでわーっといけるけれど、冷めてしまったら一瞬で終わってしまう。そんな危機感が常に横にある。
deleteCを一緒に立ち上げた中島ナオとよく話していました。「自分たちがいなくなっても、しっかり回る組織にしたいよね」と。中島ナオは、deleteCを立ち上げた時点で既にがんのステージ4の状態だったし、僕も33歳で心臓病をやっているので、自分がいなくなるかもしれないという感覚がものすごくあった。だからこそ、あの人がいなくなったら終わりという組織にせず、10年20年と続く組織にするためにも、「なぜ自分はここにいるのか?」という問いをひとりひとりが納得して確信できるまで対話していこうというのは最初からありました。

ものごとにどう向き合って
アクションするか
そのために必要なのが「美意識」

上井

ところで、小国さんと未来の話をしたことがあまりありません。小国さんが描く10年後の2032年の未来はどんな姿なのでしょうか。

小国

2032年の未来がどうなっているかには全く興味が無いですね。それよりも、その時に何があっても、どんな状況にあってもきちんと対応できる思考、反応できる体と脳、心を持っていることが大事だと思います。未来から逆算してバックキャスティングすることは、僕の人生にとってはあまり意味がありませんでした。だって、自分が33歳で病気になるなんて思いもしなかったし、この数年を振り返ってもコロナも戦争もまったく予測できなかったですよね。だから未来を予測するよりも、何か起きたときに、自分がどう向き合ってアクションするかが大事だろうと。そして、その時に必要なのが「美意識」だと思っています。

上井

NHKのときから、そうした「美意識」について考えられていましたか。

小国

これはNHKに入って鍛えられた感覚だと思います。NHKでは、「今、なぜ、これを伝えるか」ということをひたすら考えさせられました。公共放送なので、今この時代において、なぜこの人、商品、ニュースを取り上げるかについて現場で深く対話します。とことん掘っていくと、ある種の普遍性にぶち当たるところがあるんです。それは、社会文脈のさらに深いところにあって、人間が生きていくうえで言葉にはなってはいないけれど腑に落ちるものだったりします。
たとえば、山形放送局で旅番組を担当したときに、「フラワー長井線」という、ほぼ沿線の高校生たちしか使わない廃線の危機にあるローカル線を取り上げたことがありました。僕が伝えたかったのは取材のときに見たたった1シーンで、運転手さんがサイドミラーをじっと見ている姿。何を見ているかというと、乗り遅れないように急いで走ってくる高校生たちなんですよね。1本逃すと30分電車が来ないので、高校生たちが乗り遅れないようにとサイドミラーを見ながら長いときは2、3分待っている。僕が番組で描きたかったのはそのシーンだけなんですね。というのも、実は、その年にJR福知山線の脱線事故があって、事故原因は数秒を惜しんでスピードを出し過ぎたことでした。同じ時代に、まったく異なる世界が現れた時に、それらをどう結び付けて提示していくか。旅番組ですから、番組の中で福知山線の脱線事故について言及することはもちろんありません。でも、この時代になぜローカル鉄道を取り上げるのかという考え方や、ものに対する姿勢が出てくるのが美意識で、それはいろいろな経験を積む中で磨かれていくものだと思っています。

未来を描くのは
人間にしかない特殊能力
「見たことのない世界を描く」力を
もっと使おう

上井

僕は、未来につながる一歩を踏み出すためには今のアクションが大事だと思っていて、フューチャーセッションズでもそれを意識してやってきました。一方で、多様な人たちとの対話の場では、一度未来を考えてみることで視野が広がると感じることもあります。

小国

僕も、「こんな風に世界を変えていきたい」という未来を描くことは大事だと思っています。2021年にゲイツ財団とETIC.と企画したプロジェクトで、“Hack the World”というのがあります。SDGsをテーマにビジョンを持って未来を書き換える(Hackする)ような活動をしている人たちを“Vision Hacker”と呼んで、その人たちが集まる祭典を“Hack the World”としました。とにかく彼らの描くVision、つまり絵空事がむちゃくちゃ素晴らしいなと。コロナ禍で様々な風景が書き換えられる感覚が強くあった中で、世界を主体的に書き換えていくにはそうした未来を描くポジティブな力が必要なんだということに気付かされました。

上井

日常的に改めて未来について語る、というシーンはなかなかないと感じているのですが、何でなのでしょうか。

小国

そもそも10年後、20年後をずっと考えて日々の暮らしを送っている人というのはほとんどいなくて、今日の夕飯を何にしようかとか、せいぜい来週の週末は旅行に行くぞという近未来にしか興味が無いのが普通だと思います。基本的には、目の前の営みをどう乗り越えていくかというのが動物の本能なんじゃないかなと。その証拠に、海の中で、タツノオトシゴが車座になって未来を語っているんだという話は聞いたことがないですもんね。
だから、日常的に未来を語るというシーンがなかなかないのは当たり前なんだということが大前提だと思う。でもその一方で、まだ見たことのない未来を描ける、というのは人間にしかないものすごい特殊能力だとも思うんです。
フューチャーセッションズのように、未来について常に考えているような人たちはほんの一握りかもしれない。でも、裏を返せば、そこにすごく価値があるはずです。未来や見たことのない世界を描くという力をみんなもっと使おうよ、と言ってくれるのがフューチャーセッションズの価値だと感じています。

上井

10年やってきて、もっと未来を考えなくてはという想いに固執してしまっていたところはあるかもしれません。人間にしかない未来を描ける力を鍵に、ポジティブにこれから先の未来を考えながらも今を生きていこうという学びになりました。

編集後記

色々なプロジェクトをご一緒させてもらっている小国さんと、立ち止まって対話させてもらう良い機会になりました。
先の読めない「未来」を妄想するのではなく、「今」を大切にするからこそ、「未来」を描くんだ。
そしてそれができるのは、他の生物にはない、人間ならではの特殊能力なのかも!?という気づきをもらいました。(タツノオトシゴが車座になって対話している風景も面白そうですが 笑)
複雑な問題だとしても、誰もが自分ごとで考え、動きたくなる「この指とまれ!」をフューチャーセッションズとしてもこだわり、探求していきたいと思いました。

(上井)

プロフィール

小国 士朗(おぐに しろう)
株式会社小国士朗事務所 
代表取締役

2003年NHKに入局。ドキュメンタリー番組を制作するかたわら、150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」の企画立案や世界150か国に配信された、認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」などをてがける。2018年6月をもってNHKを退局し、現職。
“にわかファン”という言葉を生んだ、ラグビーW杯のスポンサー企業アクティベーション「丸の内15丁目Project.」やみんなの力で、がんを治せる病気にするプロジェクト「deleteC」など、幅広いテーマで活動を展開している。

上井 雄太(うわい ゆうた)
株式会社フューチャーセッションズ

慶應義塾大学卒業後、2013年5月に株式会社フューチャーセッションズの掲げるビジョンに共感し入社。
2013年9月には当時日本人最年少でIAF Certified Professional Facilitator(国際ファシリテーターズ協会認定プロフェッショナル・ファシリテーター)を取得。
企業、行政、ソーシャルセクターの横断を軸に、企業の新規事業創造や組織変革、行政の社会課題解決やまちづくりなどの年間80回を超えるファシリテーションを実施。

現在は、スポーツ共創ファシリテーターとして、Jリーグ社会連携プロジェクト、企業アスリートのデュアルキャリア形成を意図した「NTTコミュニケーション シャイニングアークス未来プロジェクト」など「スポーツ×ビジネス×地域」をテーマにした多数の共創セッション・プロジェクトに従事。
丸の内15丁目Project. ノーサイドダイアログ企画運営、DAEN Univ.企画運営に携わる。
ファシリテーターとしてdeleteCのメンバーにも参画。