プロジェクト事例 PROJECTS
東北大学 産学連携企画 数理科学オープンイノベーションセッション

数学者との対話を通じて、産業界でのイノベーション創出を狙う

概要

プロジェクト期間
2023年2月22日(水)13:00-18:00
課題・背景
数学者との対話から産業界でのイノベーション創出につながるアイデアを生み出すことはできないだろうか?
支援内容
対話イベント企画・ファシリテーション
体制

プロデューサー・ファシリテーター:有福英幸
ディレクター:宮武洋一 西山なつ美

デジタル化が加速するにつれて、ビジネスでも膨大なデータの活用が求められるようになってきています。一方で、企業が収集したデータから得られる情報をグラフや数値などに変換して分析し有効に活用するためには、ある程度の数学的素養が必要となります。
しかし、実際には数学的なものの見方や考え方を得意として実践している人はむしろ少数派で、苦手意識を持つ人も多いのではないでしょうか。

そこで、数学を研究対象としている東北大学内のいくつかの組織の数学者と産業界の方々との対話から、数学を基盤とした産学連携アイデアを生み出す場として、数理科学オープンイノベーションセッションがスタートしました。
プロジェクトの背景や、セッションの様子について伺いました。


東北大学材料科学高等研究所・教授:水藤寛(すいとう ひろし)
専門は数値解析。応用数学に基づく各種シミュレーション手法を研究している。材料科学分野との協働の他、医用画像を用いた血流解析、気管支などのツリー構造を持つ臓器の解析、専門医の判断のAIによる抽出など、医学分野との連携をメインにしている。

東北大学学際科学フロンティア研究所・助教:藤木結香(ふじき ゆか)
専門は複雑ネットワーク。人間関係からタンパク質相互作用まで現実世界に遍在する複雑ネットワークの構造解析と数理モデル構築を行なっている。多くの複雑ネットワークに共通する普遍的性質に強い興味がある。

東北大学数理科学共創社会センター・助教:狩野隼輔(かのう しゅんすけ)
数理物理に関連した数学に興味がある。最近は低次元トポロジーの理論をクラスター代数と呼ばれる組合せ構造に翻訳する研究を中心に行っていて、この翻訳を通してその他の分野への応用を目標としている。

ストーリー

数学者と企業の方々が出会って創発し合う場をつくる

——まず、数理科学オープンイノベーションセッションを開催した背景を教えてください。

水藤)数学者は、論文を書いて学会で発表はしますが、外部に向けて話す機会が少ないんです。社会とのつながりを作るためにも、もう少し幅広い領域の人たちと出会う場が必要なのではないかと考えていた時に、フューチャーセッションズさんが関わっている科学技術振興機構(JST)のプロジェクトでの取り組みについて知り、有福さんにご相談しました。

有福)数学という学問自体が自己完結しやすい領域のために、社会との接点も少ないのかもしれないですね。そして、企業側の方々も数学者と出会う機会はなかなかありません。今回はオープンイノベーションセッションということで、数学者と企業の方々が出会って、創発し合うことを狙いとして開催しました。

水藤)同じ数学分野の研究者でも、大学の中で別の組織に所属していると一緒に話す機会もそう多くはありません。今回は、大学の中でそのような数学者をつなぐ役割を担っている数理科学共創社会センターが、フューチャーセッションズさんと協力してそういう場を作ろうよ、ということになったわけです。

——セッション開始前と実際にやってみた後で、印象が変わったことはありましたか。

水藤)数学者は数学の言葉を使って話をするので、初めは企業の人に伝わらないのではないかという心配がありました。誰も何も言わずにシーンとしてしまうのではないかと思って不安でしたが、実際にはそうならずに活発な意見交換をすることができました。

有福)参加者の方々は、能動的に関心を持って話を聞かれていたという印象です。

水藤)フューチャーセッションズさんがそういう方々を集めて、上手にセッションを組み立ててくれたので、スムーズに行えたのではないかと感じています。

狩野)とくに私は純粋数学を研究対象としているので、そのまま話しても誰にも内容が伝わらないだろうと危惧していました。そのため、セッションでは誰もがイメージしやすいような内容から入って、ホワイトボードに書いていったところ、参加者の皆さんも一緒に手計算を追いかけてくれました。
内容を理解した方から「ほんとだ!」という感嘆の声も聞けましたし、現象を先に見せると興味を持ってもらえるということがわかりました。

藤木)私の研究では、「どんなシステムもネットワークとして描くことができる」という前提で行っているので、身近な会社の人間関係や企業間取引に置き換えて想像していただくと入りやすいのではないかと思って話をしました。実際に話をしてみて、とても関心を持って聞いていただけたのが嬉しかったです。
対面で悩み相談のように感想を言い合う場面では、皆さんがインプットを理解した上で、さらに日常の業務の中で応用する方法について質問されていました。例えば、「得た知識を使って風通しの良い会社にするためにはどうしたら良いだろうか?」という話が出ました。
私自身は、物事を理解するとそれで満足してしまうところがあるので、自分の中で欠けていた部分に気付くと同時に、質問にうまく答えられなかったという悔しさもありました。


ものを特徴付ける、という数学の性質を伝える

——インプットトークでは、数学に慣れていない企業の方々がわかりやすいように伝え方を調整いただいたのではないかと思います。伝えるために工夫されたことがあれば教えてください。

狩野)数学者同士の研究会でも、分野が広いとどうしても詳しく突っ込めない場合もあります。「ここまで話すけれど、これ以上は話さない」という自分の中の敷居を今回はクリアにすることができました。
また、無理にたとえ話を入れると、わかりやすくはなってもその内容に引っ張られてしまい、本質的なことがわからなくなってしまうということが起こり得ます。そのため、たとえ話は最小限に留めて数学のことだけに集中するように意識しました。

藤木)私の場合は、多少省略した部分はあっても、話したかったのに話せなかったことはとくにありませんでした。ただ、導入はかなり入念に準備をしました。
まずどうやって取り掛かるかという部分は、同じ研究者の間ではごく当たり前のことでも、丁寧に説明する必要があるのでは無いかと感じました。何かを説明する時に、「ものを特徴付ける」というところから始まるのが数学です。その部分をいきなり話し始めるとわかりにくいだろうと思ったので、ネットワークにおける未知のものを調べることを、身長と体重の測定に置き換えて話すというところからスタートしました。

有福)そうした導入があったからこそ、企業の方々にとっては入りやすく、理解もしやすかったのではないかと思います。

数学的思考を実際の人間関係の場に応用して考える

——参加者の発言やアイデアなどで印象に残っていることはありますか。

水藤)場の雰囲気についての感想として、「何を話しても良い、という心理的な安全性が高い場を作ってくれた。」というものがありました。
これまでそういったことを意識したことはありませんでしたが、議論をする前提としてそういう場作りというのは大事だし、まさしくフューチャーセッションズさんが手掛けられているのはそういったことなのだろうと思いました。

藤木)ランダムネスを取り入れる、ということに関するアイデアが興味深かったです。部署ごとに分かれている会社の構造にランダムに発生するような人間関係が追加されると人間同士の距離が縮まるのではないか、と応用して考えてくれた人がいたんです。言いたかったのは、まさにそういうことだったので印象的でした。

狩野)参加者の方から、「数学は思ったよりも自然科学なんですね」という発言があって、自分の話でそこまで伝わるとは思っていなかったので嬉しかったです。そういう印象を受ける方は少ないと思いますし、そう思っていただけたということは、かなりうまく話すことができたのでは無いかと自負しています。

有福)そもそも数学者ではない人たちに、正しく理解してもらうということ自体が難しいことですよね。参加者の皆さんも正しく内容を理解するというより、これまでとは全く違う数学的観点での新しいものの見方を得たということに満足されたのではないかと思います。


——今後のセッションでやってみたいことや、話をしてみたいのはどんな領域の方々でしょうか。

藤木)参加者に考えてもらうようなエクササイズ的な演習は面白いかもしれません。手を動かして一緒に計算してみるというようなことです。

狩野)対面でもホワイトボードに書きながら話をする方がライブ感があって良いと思います。

有福)ホワイトボードに書きながら、思考プロセスを追随できるというのは学びが大きいと感じます。数学者の考え方が理解できますし、なるほどという気付きもあります。

狩野)どんなに時代が進んでも、数学者は黒板の前で考えてていくと思います。実際に書くことで、数学の人たちの文化を見せられるのは良いかもしれないですね。

水藤)あるプロジェクトで、膨大なビッグデータの中から相関関係ではなく因果関係を見つけ出す、ということに携わっています。因果関係が織りなす複雑ネットワークの分析や因果のパスに関する解析も大事になるので、様々な数学的アプローチが必要となります。
そこで、哲学者の人たちと話す場がありますが、思考も文化も違っていてとても面白いんです。因果関係とは理解に形を与える、ということ。自分がわかったと思うことと他人がわかったことは異なるので、そもそも主観であって客観的に捉えるのは難しいという立場です。
いわゆる文系と言われる、個々のデータよりもストーリーでものごとを考えている人たちと、数学的なことやシミュレーションを使ったりすることを接点として何か新しいことができるのではないかと思います。

有福)データ分析やモデルを作るということは社会的な重要性も高まっています。数学的素養をもって世の中を見ると、これまでとはまったく違う見方ができるのではないかと考えますが、そういう視点で物事を見ること自体が難しいところです。
数学者の方々がわかりやすく発信していくことに価値があると思っていますし、そこに協力していけたらと考えています。


——今後はどのようなかたちでこのセッションを発展させていきたいですか。

水藤)いまは企業の側でも比較的中堅以上の方が参加して下さることが多いので、若手の人たちの同世代でのやり取りもできたら楽しいだろうと思います。

狩野)純粋数学の内容をすぐに応用するのは難しいですし、本気で応用しようと思ったら一度は勉強もしないといけないと思います。とても労力がいることですし、勉強するには体力もいるので、そういった点では若い人の方が取り組みやすいかもしれません。
今後は、セッションを午前と午後に分けて、どちらかを純粋数学メインでやってみるような試みもしてみたいです。

有福)参加者の皆さんもセッションをきっかけに数学の学びを深めて、ぜひ仕事でも応用していただきたいです。
セッションの成果として、なにか実感されていることはありますか。

水藤)いろいろな取り組みの成果を示す際に、企業との数学に関する共同研究の契約が何件あるかというような数字を求められがちです。でも、今回のセッションのように、話した内容がイラスト化されてどのような場が醸成されているかを可視化する見せ方は、数字で表すよりも意味や定性的な価値がとてもわかりやすいですよね。
企業の方々が少しずつでも数学に親しみを持ち、数学者の側も皆さんとの話を通して気づきを得られているということは大きな成果だと感じています。それを具体的に見せられるような形にして継続していけたら良いと思っています。

有福)そうですね。ひとつのモデルとして表現できるようなお手伝いを今後もさせていただきたいです。

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