【共創活動を見据えてジェンダー平等に関する調査を行いたかった】

橋本)ブリティッシュ・カウンシルとはこれまでもさまざまなセッションでご一緒してきました。今回のプロジェクトについては「日本の高等教育セクターにおけるジェンダー平等に関する調査」を実施したいとご相談をいただいたことがきっかけでしたね。このプロジェクトを始めるにあたっての背景や課題について改めて教えていただけますか?

秋元さん)私たちブリティッシュ・カウンシルは、英国の公的な国際文化交流機関として、アート、教育、英語を通じて英国と世界の人々との「つながり」「理解」「信頼」を深め、平和と繁栄を支える活動を行っています。日本では1953年から活動を開始し、英語教育・試験運営、教育機関・企業向け英語研修、英国留学や文化芸術分野での国際交流支援といった事業を展開しています。

私たちのミッションのひとつに「日英の高等教育連携を進める」という役割があります。また、私たちの運営する英会話教室でも女性の先生が少なかったこともあり、「組織における女性の活躍」というテーマがメンバー内の関心としてありました。
日英の高等教育連携をもっと面白く、イノベーションが生まれる可能性を開くためには、より多様な人が関わった方がアウトプットの価値も高まると考え、女性の活躍という視点から、高等教育や科学研究の分野における女性の参画状況を調査することを決めました。
現状のバランスが、一人ひとりがやりたいことを実現している中で自然にできたバランスなら問題ない可能性もあります。その一方で、現状のジェンダーバランスについて検証が効果的にされているのか分からず、単に「自分にも挑戦できる」という発想やチャンスがないために女性の割合が低いのかもしれない、という仮説がありました。
筧)そもそも高等教育におけるジェンダー平等がどのような状況か分からないから、調査をして現状を把握したいというご相談でしたよね。
秋元さん)はい。ジェンダー平等推進に関して、ブリティッシュ・カウンシルだから実現できる、日英協働での取り組みに何があるのかを探りたいと考えていました。そのためには現状をデータで把握し、さらにこの課題に関する高名な先生方の先行研究の内容や考察も改めてきちんと把握したいと考えていました。
調査を行った後に共創活動を起こしていくことも視野に入れ、サポートが必要になると思っていたので、筧さんたちに「こういう調査をお願いできますか?」とご相談したのを覚えています。また、これまでも色々なプロジェクトでご一緒し、その度に多様なセクターの方々と一緒に課題解決に向かって進んでいる姿を拝見していたので、ぜひ入札に参加いただきたいとお声がけしました。
筧)ありがとうございます。調査の結果を最大限活かすには、それに加えて、問題を解決するためにいろいろな共創活動をしていく必要がありますよね、という話をしましたよね。私たちが共創セッションで活動していることは知っていただいていましたが、そもそも調査を担えるのかというご相談をいただきました。調査の部分は社外パートナーの方に相談して、それをもとにセッションを作ることができます、とお答えしました。
とはいえ、フューチャーセッションズは調査に特化しているわけではなかったので、ジェンダー研究に携わってこられた山内さんにぜひお願いしたいとお声がけをしました。
日本においてジェンダー平等があまり進んでいないということは様々なデータで見ていましたが、研究者の世界はリベラルなイメージがあり、この問題に立ち向かっている人が多いのだと思っていました。ところが調査の結果、日本の女性研究者の割合がOECD加盟諸国の中でも最も低い数値になっており、予想以上に低い状況にとても驚いたのを思い出します。
山内さん)そうですね。私も女性研究者の少なさをデータで拝見し、改めて驚きました。一方で私自身、大学院で博士課程を修了するまでの過程で女性比率が減っていく感覚があったので、納得感もありました。
今回、大学関係者をはじめとする多くの方々にヒアリングを行いましたが、女性研究者の活躍を推進するには何をやれば良いか分からない、途方に暮れているという状況も見えてきて。長い間、解決策に進めていないという現状が次第に明らかになりました。
【Phase1:調査によって見えてきた深刻な課題】
筧)Phase1では、山内さんに中心となっていただき、日本の高等教育セクターにおけるジェンダー平等に関する調査を進めました。政府が公開する統計データから日本の大学における女性比率を明らかにし、数値的に現状を把握するほか、各大学のジェンダー平等に向けた活動の分析、研究者や大学教職員の方5名へのインタビューも行いましたね。
山内さん)単に調査して終わりではなく、その先の共創活動につなげることも意識して見据えていました。お話を伺うのも、ジェンダー研究に明るい方だけではなく、教育学に精通している方も含めるなど、より広い視点を意識して検討しました。おかげで大学におけるジェンダー平等の状況をより解像度高く把握することができたと思います。

橋本)調査の中で、OECD加盟国との比較から、日本は女性研究者の比率が17.8%(2022年時点)と最下位であることも明らかになりました。日本における女性研究者比率の低さは以前から認知されていましたが、政府が掲げている目標を長年達成できていない状態です。
Phase1の調査で明らかになった点
・女性研究者比率の低さ:日本は17.8%でOECD最下位。文科省目標の3割を大きく下回る
・パイプラインの縮小:大学生(44.6%)→大学院生(32.8%)→大学教員(27.2%)と段階的に女性比率が減少
・支援事業の課題:画一的な数値目標(各大学の状況が未考慮)、短期的評価(採択期間が数年と短い)、効果測定の困難さ
・ジェンダー統計の未整備:諸外国と比較して統計が不十分。特に私立大学のデータが欠如し実態把握が困難
・旧来的価値観の再生産:ジェネレーションギャップ、部活・サークルでの伝統的価値観、ジェンダー研究の周辺化
筧)私は、「学校がステレオタイプの再生産の場となっている」という指摘には衝撃を受けました。専門家の方からのヒアリングの中で、教員のジェンダーバランスやジェンダーステレオタイプを持つ教員や部活・サークルの存在などが教育現場において影響を与えていることが指摘されていましたね。教育現場におけるジェンダーギャップの存在は初等教育から高等教育に至るまで存在しており、なかなか状況が改善されない理由につながっているのだと気づきました。
秋元さん)数値目標を達成したら本当にジェンダー平等を実現できたと言えるのか、という新たな問いも生まれてきました。たとえば、ヨーロッパでは、研究に関する助成金を得るための条件として「研究チームに◯%以上女性を含んでいる」と定められている場合が多くあります。しかし、ヨーロッパで有効な手法だとしても、異なるコンテクストでは上手く機能しない、「同じことをすれば良いわけではない」ことは当然だと思います。バイアスの強い社会においては、「女性」であることにフォーカスがされ、ただ数値目標をクリアするために含められていると捉えられてしまい、結局は研究者としての実績や経験が正しく評価されにくい可能性もありますよね。周囲から「あの人は数合わせのために選ばれたんだ」と色眼鏡で見られてしまうのだとしたら、平等に評価される環境とは言えません。「多様な人が研究活動に参加し、イノベーションが促進される」という仮説において、目指すべき状態はどんな形なのか、無意識のうちに作用するバイアスへの気づきを含め、実現の難しさ、道のりの長さを改めて感じました。
山内さん)何人かの先生が、もう少し時間が経てば変わるだろうともおっしゃっていました。ステレオタイプな価値観を持っている年長世代の研究者が大学の要職を占め発言力があるため、女性研究者が敬遠される雰囲気も場合によってはあるようです。ジェンダーギャップよりジェネレーションギャップの問題を指摘する先生もいました。
女性研究者が出した論文の数など、成果をきちんとデータとして可視化することの重要性も感じています。大学の中で託児所をつくるなど、子育てしながら研究を続けやすい環境への取り組みも増えていますが、それだけでは不十分で、数値達成の先にある成果があれば納得感が高まります。
筧)あとは「データが少なすぎる」という問題も見えてきましたね。
山内さん)そうですね。今の学生や研究者の男女比率など最新のデータを出そうとすると、手動でまとめるしかなかったんです。自分で学校基本調査という統計データに文科省のページからアクセスして、Excelを引っ張ってきてグラフを作り直さないと、必要な数値が出せないという状態でした。
さらに専門家の先生からは、そのデータも「正確さには注意が必要」という話を聞きました。特に教員数について、この『学校基本調査』では大学院に在籍する教員の男女数しか示されておらず、所属学部や職階には分かれていないそうなんです。
そのため、表に出ている数字は必ずしも正確とは言えない場合があります。比率としては一見それらしく見えていても、実数とは異なっている場合もあるわけです。実数を把握するためにも、大学や研究機関、ひいては国が一丸となって、統計を整備していく必要性を改めて感じました。
【Phase2:「総合知」という新たな切り口でのセッション】
橋本)Phase2では、日本国内の高等教育セクターのジェンダー平等について知識を有するステークホルダーの特定調査を行い、多様な方を招き入れ「ジェンダー平等促進は総合知にどう貢献するのか?」をテーマとしたフューチャーセッションを開催しました。そのほかこのテーマに関する専門家の方へのヒアリング調査も行いましたね。
秋元さん)Phase1で見えた課題を突破するためにブリティッシュ・カウンシルが貢献できることはあるのか、という問いがPhase2の出発点でした。また、ジェンダー平等の調査を進めるうちに、女性だけでなく男性には男性の困りごとがあることにも改めて気付かされました。「女性の活躍」だけにフォーカスしすぎると、他にも活躍の機会へのアクセスにさまざまなバリアを抱える人々が置き去りになってしまうおそれがあります。また、特定の層だけを強調することで、かえって反発を生んでしまう可能性もあります。プロジェクトの発信方法において、私たちも丁寧に言葉を選ばなければいけないということに気づきました。このことから、どのようなコミュニケーションをしたらもっといろいろな人が参加してくれるだろう、という視点もPhase2において重要でした。
山内さん)そうですね。Phase2では誰も取り残さないような発信の仕方についてご相談いただきました。
筧)そこで着目したのが「総合知」というキーワードでしたよね。

山内さん)はい。「総合知」とは、内閣府によると「多様な『知』が集い、新たな価値を創出する『知の活力』を生むこと」と定義されています。近年、文部科学省が発表している科学技術・イノベーション基本計画のキーワードにもなっています。単なる知識の寄せ集めではなく、異なる専門領域や組織の枠を超えて知見を融合させ、社会課題の解決やイノベーション創出を目指す概念です。ジェンダー平等を総合知と結びつけたアプローチがいいのではないかという提案をさせていただきました。
筧)大学での教育や研究では日々イノベーションが生まれています。そこに多様な視点を取り入れることが、知の向上につながるのは間違いありません。ただ、高等教育の現場にはジェンダーバイアスが存在していて大きな問題になっています。これから様々な分野の知識を組み合わせた『総合知』が求められる中で、ジェンダー平等の視点は欠かせないよね、という話になりました。
そこで今回のPhase2では、日本の高等教育におけるジェンダー平等に『総合知』がどう貢献できるかを、ステークホルダー調査、フューチャーセッション、ヒアリングという3つの方法で検討しました。
橋本)Phase2で行われたセッションには33名もの方にご参加いただき、とても充実した時間になりましたね。
山内さん)科学技術の発展における女性研究者の役割を扱った「ジェンダーとイノベーション」をテーマにした書籍の著者である先生が現地に来てくださって、講演もしてくださいました。
秋元さん)「高等教育におけるジェンダー平等について、とにかくデータが少ないのが現状。まずはデータをとらなければ行動が起こせない」ということをおっしゃっていたのが心に残っています。ブリティッシュ・カウンシルとしてできることを常に考えていたので、Phase1の調査の重要性を再確認することもできました。
筧)「ジェンダー」という切り口だけではお会いできなかった先生方にも参加いただくことができたのもとても良かったですよね。ヒューマンインターフェース、知覚情報処理を専門とする研究者も参加くださいました。「総合知」という切り口が加わったことで、ジェンダーやイノベーション以外を専門とする先生もセッションの講演に登壇してくださり、より多様な参加者にお越しいただくことができました。さらにブリティッシュ・カウンシルのつながりで、参加者の過半数は英語話者(日本語話者16名、英語話者17名)という、まさに多様な人を招き入れた日英協同セッションを実現できました。
山内さん)私も参加者としてセッションのテーブルにつかせていただきました。日本に来て研究している海外の方もいらっしゃり、日本と海外の違いを指摘する人が多かったのは印象に残っています。
たとえば、ある方が「日本には、小さな女の子を性的に見る、少し性的に捉えられるような広告が街中にある」と言っていました。「そういう広告が当たり前にある社会が、ある種の男尊女卑的な価値観を再生産しているのではないか」という指摘もありました。私たち日本人は気にならなくても、海外の方が見ると別の見え方をするのだな、ということは薄々気づいていましたが、改めて気づかされましたね。
筧)海外と日本の違いも印象的だった一方で、共通の課題があることも興味深かったですね。Phase1で発見したような課題は海外にもあるという話が出ていました。
女性研究者のロールモデルの不在も問題として挙がっていました。さらに、そもそもロールモデルは女性だけでよいのか、男性のロールモデルも必要なのではないか、と男性視点の重要性を指摘する声もありました。若い世代の男性研究者の中には年長世代の働き方に疑問を持つ者も少なくなく、家事や育児に参加しながら研究を行う男性もロールモデルとすることで、旧来的な研究活動を変えていけるのではないか、というお話には私自身大きな気づきがありました。
【見えてきた複雑さを乗り越え、価値を未来へつなげる】
橋本)このプロジェクトを通じて、ジェンダー平等の課題について、その複雑さも改めて見えてきたように思います。
筧)ジェンダー平等の話が女性の問題だと狭く捉えられることで優先度が下がってしまう課題があると感じました。一方で「ジェンダー問題は男性の問題でもある」という指摘や、「男性のロールモデルが必要」という議論もセッションでありました。「ジェンダー平等は結局女性の問題」と矮小化されてしまう一方で、「女性だけでなく男性の問題でもある」と問いを広げることで根源的な課題が見えにくくなる、という複雑さがあると思います。
橋本)本当に複雑な課題ですよね。現段階では、データを取るというところが大きな方向性としてあると思います。そこに私たちがどう貢献できるのか、まだはっきりとは見えていませんが、ぜひ一緒に探していきたいと思っています。

私も女性研究者のことを「かっこいいな」と憧れたことがあります。女性研究者の方々をどうサポートできるのか、どう応援できるのか。そういったことを考え続けていきたいと思うきっかけになりました。
山内さん)今回のセッションでは、いろいろな人が集まってフラットな立場で対話ができていたと感じています。どうしても「ジェンダー平等」というと、対話に参加しようとしたときに「女性の活躍推進の話ですよね」という暗黙の了解がある気がしていて。「総合知」という切り口を組み合わせることで新たな共創の可能性が見えました。

筧)ジェンダー問題に関心がある方も、そうではない方も、フラットに参加できる機運をつかめたことがとても良かったです。総合知を純粋に追求しようと思ったら、ジェンダー平等の課題は避けて通れないよね、という考えがみんなに共通していました。そういった気づきとともに手応えも感じました。
橋本)Phase2の結果を受けて、ブリティッシュ・カウンシルでは今後どのようなアプローチを考えていらっしゃいますか?
秋元さん)女性研究者の比率や実数を増やすことはやはり必要だろうと認識しています。また、調査を通して感じたのは、ジェンダーバイアスの有無とは関係なく、出産というライフイベントを経験する女性が、それを経験しない人と全く同じようにキャリアを形成することの難しさです。これは働きながら家族の介護・ケアをする人や、障がいがある人にも同じことが言えるでしょうし、いろいろな「研究者像」が見える化されることで、多様な人の研究活動への参加をサポートする環境整備が促進され、面白いイノベーションが生まれると、より大きな社会全体のマインドセットシフトにつながるように思いました。
そこで、多様な研究者像(ロールモデル)の見える化や、「女性研究者の環境をより良くしたいと思っている人たち」の支援を通して、「女性を含めた多様な研究者が増えるとより豊かな価値が生まれる」ことを体現する、高等教育セクターの発展に貢献したいと考えています。
山内さん)今回のテーマは私自身にとって非常に当事者性のある内容です。この調査は、研究者として今後どのように取り組んでいくかを考える上でも非常に重要なものになりました。こうした形でこの課題に関わる機会をいただけたことに、心から感謝しています。
同時に、この課題についてはアクションしていかなければならないと改めて思います。たとえば、草の根的に女性研究者が面白いことをやっていくことはとても重要です。私としては、当事者として面白い研究を続けていく、ということがひとつ寄与できることなのかなと思っています。
筧)女性に限らず、面白い研究者が伸び伸びと研究を、男女問わずできるような環境が必要だと思います。小さくても、ジェンダー平等について一歩ずつ進めることができる取り組みをみなさんとまたご一緒できたら嬉しく思います。
秋元さん)私たちのミッションの根底にあるのが、「できるだけ多くの人に機会をひらく」ということです。ブリティッシュ・カウンシルの英語教育も、まさにそこに根ざしています。英語が世界中で話されている言語であることから、英語が話せることで機会が大きく広がると信じて、英語教育に取り組んでいます。
ただし、ただ単に英語を話せるようになるだけではありません。ブリティッシュ・カウンシルの教育では、コミュニケーション、つまり本当に人と人が繋がり、互いを理解し合えるコミュニケーションスキルに重点を置いています。
今回のプログラムについても同じ考えです。女性だから、男性だから、あるいはこういう境遇だから、ということでやりたいことができない、という状況をなくしたい。私たちは高等教育連携を担当しているので、そのエリアにおいて日英の人々の機会を広げたいと思っています。
加えて日英連携という観点から、私たちの活動を通して、日本の研究者だけでなく英国の研究者ともいろいろ共創したい、と思っていただけるような環境をつくりたいという思いがあります。どうしたらそれが実現できるのかを常に考えると同時に、私たちがやっていることすべてがこのミッションにつながっていると信じて、これからもアクションを起こしていくつもりです。

【関連するプロジェクトで、他の視点ものぞいてみませんか?】
■事業価値共創
・分身ロボットOriHimeを通じて、未来のコミュニケーションを共妄想する
[Future Dialogue 2101 | オリィ研究所]
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[FSS10周年 特別対談 | ブリティッシュカウンシル 秋元さん]
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◾️共創アクション創出
・事前・事後セッションで視察体験を深める、サステナブルな社会を探求する旅
[Sustainable Futures in Sweden 2025 | ワンプラネット・カフェ、ひとしずく]
https://www.futuresessions.com/projects/74084/
・数学者との対話を通じて、産業界のイノベーション創出をめざす
[産学連携企画 数理科学オープンイノベーションセッション | 東北大学]
https://www.futuresessions.com/projects/28702/